今日は白ワインソース

今日の夕食は昨日に引き続き無印(http://www.muji.net/)のポテトスープ。メークイーンを裏ごしして作ったスープだ。

昼飯は職場の同僚たちとフィンランド人を囲んで、近くのイタリアンでランチ。そのときの話題がフィンランドでの結婚話。

フィンランドhttp://www.moimoifinland.com/)は、5,206,295人。人口密度は平方キロあたり17人。人口の76%が都市部に、24%は農村部に 住む国だ。議会も200人の内、女性議員は74 人と女性の社会進出が進んでいる国である。また、フィンランド共和国大統領はタルヤ・ハロネンという女性である。

そのようなフィンランドは女性の社会進出の意識が高く、特に高等教育では実に大学では女性の割合が過半数を占め、博士号の候補者は約半数が女性である。

就学前の子どもをもつ母親の80%がフルタイムで働いており、OLで腰掛け、という考え方は皆無にみえる。

このような背景には、社会保障制度の充実が上げられる。例えば、被雇用者は9ヶ月の出産休暇をとることが認められ、その上、給与は母子手当によって補償される。また、3歳以下の子どもがいる母親は希望すれば、家にいて子どもの世話ができる。 この場合、 家族には育児手当が支給される。

父親の方もも子どもの出産時に6~12日間の産休をとることができ、父親はまた産休期間中に随時、さらに6日間休暇をとることができる。

親は子どもが生まれると、国費で提供されるベビー服その他の育児用品をまとめた出産用品キットを受け取ることができる。

その上に、親が産休をとる前に雇用されていない場合も、1日78.30FIMの最低限の手当を受給することができるという手厚さだ。

(以上の情報はフィンランド大使館のHP(http://www.finland.or.jp/index-j.html)より抜粋し、表現を一部改編)

ここで引用したいのはシェリ・B・オートナー『男が文化で、女は自然か?』(山崎カヲル監訳、晶分社)の議論である。

この本は私が大学のゼミ入り、初めてゼミ合宿で使ったテキストだ。誤解を恐れず言えば(というよりも既にその内容が記憶の隅に追いやられているせいだが)、「どこの社会にも男と女のジェンダーを規定する文化があるが、それは、必ずしも男が文化的生き物で、女が自然であるということはない。それは文化によってまちまちである」ということである。

このテキストは単純に文化論からまとめた(自分を否定している…)ものだが、ここ以上に私の男女論は広がっていない。

この文化論からみた男女論を多少広げているのは、西川然氏の「人類学における生物学的事実の位置付け〜その現状と可能性〜」(http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Ibunka/kyokan/yoshioka/yoshioka-sub3-nishikawa.html
である。

筆者は上記の論文の中で、パプアニューギニア、ナカナイ族の事例やインドネシアの事例、ヘヤ−・インディアンの事例を出しつつ、

フェミニズム的観点でジェンダー概念を見た場合、しばしばそれは戦略的な文脈から用いられることが多いのではないかと指摘したい。」

「文化が生物学的事実を利用するような現象は、生物学的事実による何らかの影響力に対する反応の表れと捉えられるべきではないか。つまり、生物学的事実に何らかの力を認め抑圧の必要を感じ、またその説明付けに生物学的事実を用いていることにこそ、生物学的事実の持つジェンダー形成における影響力を見出すことが出来るのである。」

と指摘する。

上記の本から発展していない私は全くもってこの意見に賛成である。しかし、この事例に上記のフィンランドの事例を導入は出来ないのだろうか。

例えば、「フィンランドでは…上記の補償制度が充実し、女が家事、育児そして高収入の男性を選ぶ社会であり、出産という生物学的事実もハンディキャップではないように覆い隠す社会」などとは論ずることは出来ないのだろうか。(論じている内容は適当。)

つまりは、ある文化的事象を引用し、いわゆる「発展途上国」の事例を出し、如何に「先進国」はゆがんでいる、と論じたがる。だが、歴史がながれ未来から現在を鳥観してみると、フィンランドの「社会保障制度」自体もある種の文化装置とみることは出来ないのだろうか。そのある種の権力装置を仕掛けることにより、ある文化(フィンランドの場合は女が「自然」であったものが、「文化」であるように考える)のパラダイムシフトの現場にいる、と考えて観察することは出来ないのだろうか、と考える。

このように「自身の社会」を論ずることを避けてしまい、ありのままの現実を直視できないことが、自分のディシップリンに限界を感ずる、今日のお題でした。(こんな論文調の描き方は慣れているのね、と秘かに思う私でした。)